私たちの心にはさまざまな機能がありますが、それらの機能は生まれたときから均等に発達するのではありません。心の中の内在者は、その時々で、色々な集合体を形成してゆきます。その形の変化によって、段階的に特徴のある発達をするのです。
よく三つ子の魂百までなどと言われるように、3歳くらいまでの時期に発生した心は、これ以降の発達の基盤になります。その状況を理解するために、時間の流れとともに、多くの内在者同士が、どのような関係を形成するのかを考えてみましょう。
まず、外界のイメージが、中心の内在者チームに加わって、新しい内在者を生み出します。これだけですと、私たちの心の中にはどんどん内在者が増えていき、それこそ扱いきれないほど多くの内在者の中で、私たちは考え事に明け暮れる状態に陥るでしょう。扱うデータが多すぎると、身動きが出来なくなる可能性があるのです。
しかし実際には、無数の内在者のうち多くのものが、意識しなくても自動的に反応しますので、問題はおこりません。
たとえば、私たちが歩くとき、まず右足を出して次に左足を出すなどと、いちいち考えているわけではありません。一度歩行という動作をを覚えてしまえば、後は自動的に歩くことが出来ます。同じように、手で物を掴む、振り向くなどの多くの行動も、自覚しないうちに自然に実行されるものです。
行動だけではありません。行儀を良くしなさいとか、お母さんの言うことを聞きなさいとか、色々なしつけをされると、私たちは、意識しなくても自然にそれが良いことだと感じるようになります。勉強してよい点を取ると母親が喜んでくれるということも、私たちの心の中に、自動的に働く内在者を生み出します。しつけだけではなく、たとえば雷を怖がったら、お母さんがとてもやさしくしてくれたので、それ以来雷が鳴るたびに怖がることにした内在者も、自動的に働きます。
すると私たちは、それらのことを意識する機会が少なくなり、徐々にその内在者の存在すら忘れてゆきます。意識は、長い時間読み込まなかった内在者は、なかなか読めなくなる性質があるのです。別の言い方をすると、自我状態の内在者チームに位置している意識が、その存在を感じ取ることができなくなるということです。この、感じ取れなくなった内在者を、順応自我状態の(つまり外界に順応している)内在者と呼んでいます。順応自我状態の内在者は、私たちが社会生活を続けてゆく上で、なくてはならない能力を発揮してくれます。
順応自我状態の内在者とは異なり、普段は使わない内在者もあります。意識されないという点では似ているのですが、普段は役に立っていない潜在的な存在なのです。そして、その内在者が必要とされる特殊な場面に出会うと、突然働き始めます。基本的な性質として、どれほど普段働いていなくても、内在者はいなくなったりしないからです。
たとえば、以前賭事が好きで困っていた青年がいたとします。彼は長年賭け事をやめていたとしても、たまたま友人に誘われて競馬観戦に行ったら、急に馬券を買わずにいられなくなってしまったりするのです。また、一度自転車に乗れるようになった人は、十年もずっと乗っていなくても、乗ろうとすれば乗れるものです。
順応自我状態の内在者と、潜在的内在者の差異は、どのくらい働いているかという相対的な問題であると言えます。
これとは異なり、内在者は変化することもあります。たとえば、小さな子どもであれば、アイスクリームを食べたい時は、すぐに食べたいとだだをこねるかも知れません。しかし少し大きくなると、必要な我慢をする方が、物事をスムースに進められるということを学びます。その結果、十分に学べば、ほとんどストレスを感じることなく、効果的に我慢することが出来るようになります。この時、すぐに食べたいという衝動的な内在者は、多くの内在者の情報ネットワークにより、感情表現の方法が変化したと言えるでしょう。
つまり、色々な内在者は、時間の流れと共に、四つのパターンに分かれると考えてよいでしょう。
| (1)自我状態の内在者 | : | そのまま意識され続ける内在者 |
| (2)順応自我状態の内在者 | : | 意識されずに頻繁に働く内在者 |
| (3)潜在的内在者 | : | 意識されず、適当な刺激を受けるまで働かない内在者 |
| (4)変化した内在者 | : | 他の内在者或いはネットワーで置き換わり、時間と共に働かなくなった内在者 |
このように内在者は、徐々に性質の異なるものに分かれ始めます。
図4:内在者の分化